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分からないから書くブログ

看護学生見聞録

小人は簡単に思考不能になるよ



今日、映画クラブの月例会で
何カ月もまえから楽しみにしていた「ハンナ・アーレント」を観たのはいいのだが、
18時前には終わったけど、一日フル回転だったので
仕事でくたびれたせいか、前半三十分ふねこいでいた。
いやもう最近のお決まりというか映画をみにいって寝なかったことはない

 

なんというかですね、
昨日の記事に追記したのだが、末期のおじさんがなくなったわけですよ。
それで自分の数日を振り返るに
これでよかったのかなと思うわけですよ。

 

それで映画をみながら、これって私のことじゃないかと思うわけですよ。
アイヒマンはたくさんのユダヤ人を収容所におくったわけですが、
「命令されてやっただけ」とこたえます。
ユダヤ人が憎いとかそういうのじゃなくて。

悪の凡庸さ(陳腐さ)
アーレントがアイヒマン裁判のレポートで導入した概念。上からの命令に忠実に従うアイヒマンのような小役人が、思考を放棄し、官僚組織の歯車になってしまうことで、ホロコーストのような巨悪に加担してしまうということ。悪は狂信者や変質者によって生まれるものではなく、ごく普通に生きていると思い込んでいる凡庸な一般人によって引き起こされてしまう事態を指している。
公式サイトより 
映画「ハンナ・アーレント」オフィシャルサイト

アイヒマン関係でアメリカの大学で行われた実験
権力への服従:強い権力を与えられた人間と力を持たない人間が、狭い空間で常に一緒にいると、次第に理性の歯止めが利かなくなり、暴走してしまう。
非個人化:しかも、元々の性格とは関係なく、役割を与えられただけでそのような状態に陥ってしまう。

 

なんというか自分のような小人は、患者さんに対してへんなことしてないか
気になるのである。

 

昨日なんか、患者さんが看護師の対応に涙ながしてたからなー。
目薬かとおもったらどんどん涙がでてくるんだから驚いた。
「90年生きてきて、情けない!」とかいいだすし!

 

見舞客が廊下を歩きながら
「刑務所、収容所みたいね」といってたのを聞くのは初めてのことじゃないけど
リアル看守みたいなもんじゃないですか。

 

悪の凡庸さについて/映画『ハンナ・アーレント』を観る - 学者たちを駁して
総統の命令に反抗することを可能にするような「市民の勇気」などというものは、当時のナチス親衛隊の「ヒエラルキー」には存在しなかったのだ、と彼は言う。

 

医者を頂点とする病院のヒエラルキーのなかで
最低のとこにいる補助員の私。
反論するなら代論出せなわけで、
そのために勉強するわけですから。

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